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借金と破産の40年(2)

消費者金融との出会い

大学を出たばかりで家庭も小さな子供もいる、家庭環境の中で自分の快楽に費やした代金を支払う余裕などはなく、毎日支払いの不安が続き並行して督促も頻度が増して来ていました。

そんなある日帰宅途中の駅前で一人の営業マンらしい人物が小さなチラシを配っていて、もらってみるとそこには「お金に困っている人融資します」武富士の文字に一瞬自分の中でなにかしら頼れるものに出会った安心感のような物がありました。

それは昭和56年の夏の夕刻の時期だと記憶しています。

チラシをもらった翌日に消費者金融という所の、扉を開く最初の経験をすることになります。
武富士もまだ成長途中で、融資獲得には積極的に勧めカウンターに座り所定の審査が行われました。

現在のようにCIC、KSC等の個人信用情報機関での審査やブラック、多重債務者などの厳しい審査もなく10分程度で当時で20万の融資が実行されました。

今でもそうですが、「簡単」という言葉ほど危ないワードはないと当時も現在も思っていたら、歯車の狂いも修正できたかもしれません。

借り入れすることの容易さに、更に自分自身を見うしない、返済の為に自分のあさはかな考えた方法がギャンブルによる馬鹿な発想になり休日、会社帰り道と連日パチンコ屋に借入金の利息の返済の為通いだします。

たまには雀荘へも足を踏み入れ返済への資金作りを行った時期が、もう昭和も終わりかけの頃だったと思います。。

欲望の代償

記憶は定かではありませんが平成元年10月頃に離婚、子供は当時で長男も次男もまだ小学校の時で、自分自身は快楽の代償として借金、追いこみ、離婚、退職へと転落の道が始まっていました。

子供たちを実家(大阪)の実母が引き取り、母親からの援助と自己都合退職によるわずかばかりの退職金で武富士への返済は完済させ、普通の生活に更正するきっかけとなった時期でした。

 

直らぬ自己性格

自分の性格の情けなさ、弱さというものに今いくら振り返って反省しても、もう遅いですが、武富士からの恐怖の追いこみもいつの日か消え去ろうとしていましたが、まだ母親の存在で自分の中での自制心が多少コントロールされていましたが、その母親も他界してそれから2年くらいの間は悲しみの静かな生活でした。

しかし自分自身の環境はというと、仕事は転々として落ち着く傾向になく、最終的には本当に自分の性格の馬鹿さに情けなくなりますが、再びギャンブルにはまり結果、町金と呼ばれるヤミ金より少しましな金融屋や小規模な消費者金融からの借り入れを繰返し、結果は若い頃と同じでしたが後が大きく違ってました。

 

忠告2

今消費者金融の申込書に記入しようとしている貴方へ、 ちょっと待った!!

生活の中でお金を借りるということはあると思います。

しかしお金を借りるということはつまり借金です 借金は返済しなくてはいけないため、誰のために、何のために 何処から、いくら借りるか明確にして自分の生活環境の範囲で返済出来るかを考えて、決して自分自身の欲望や快楽的なために借りる事は避けるべきだと思います。

借りる相手(例え友人や親類でも)を間違えると生涯後悔するお金になります。

 

~まとめ ~

治らぬ自分の性格、情けなさ、嫌気さに失望してしまう時期でしたが、母親がまだ生きており、この時期に本気で立て直しをしていれば人生は変わっていたかも知れません