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債務整理の種類と、弁護士・司法書士紹介サイト

これまで語ったとおり、私の場合には、最終的に自己破産で一応の決着を見ましたが、債務整理には他にも方法があります。

以下の5種類です。
自身で知識や交渉力のない場合、弁護士や司法書士に依頼することになります。

  • 過払い金請求
  • 特定調停
  • 任意整理
  • 個人再生
  • 自己破産

 

任意整理

任意整理は、裁判所を通すことなく債権者と直接に交渉し、将来かかる利息を中止してもらったり、減額や帳消ししてもらう、そして今後の返済プランをたててもらう方法です。

一般的には、任意整理は弁護士や司法書士に代理人となって手続きしてもらい、債権者と交渉を行います。

 

過払金返還請求

過払金返還請求とは、金融機関やクレジットカード会社に払い過ぎた利息を取り戻す方法です。

利息制限法という法律では、金利の上限は「20%以下」と決められていますが、出資法という法律では「29.2%以下」と決められていました。20%から29.2%までをグレーゾーン金利と呼びます

その後法律が変わり、利息制限法の上限を超えて支払った利息(過払金)は、取り戻せることになりました。

 

特定調停

特定調停とは、今後支払い不能になる可能性のある個人(または法人)が、簡易裁判所に手続きを申し立てる方法です。

特定調停において調停委員は中立の立場なので、(任意整理における弁護士や司法書士のように)借り手側に立った交渉は、期待できません。

申請から交渉まで自分で行うこともあり、難易度が高いため、特定調停を選ぶ人はほとんどいないということです。任意整理を選ぶ人がほとんどだそうです。

 

個人再生

民事再生(個人再生)は、任意整理や特定調停で解決できない場合の再建手続きで、自己破産手続きの一歩手前の場合と言えるようです。

 

自己破産

自己破産は、任意整理・過払金請求・特定調停・民事再生いずれでも解決することができない人の最終的な解決手段です。私がそうでした。

手続き後、裁判所で免責が認められれば、借金返済をする必要が無くなりますが、資産は没収されます。

 

弁護士や司法書士を紹介したサイト

債務整理を扱う弁護士や司法書士を紹介したサイトもありますので、必要な人は参考にしてみてください。
これは名古屋市向けのサイトですが、ほとんどの事務所は全国対応しているので、どこで依頼しても大丈夫だと思います。

【名古屋市】債務整理を依頼できる親身な対応で安い弁護士事務所

 

借金と破産の40年(5)

恐怖のヤミ金の追い込み

今年の1月から3月上旬頃までは、ヤミ金から資金を調達してヤミ金へ利息を返すこの繰り返しを行ってきましたが、3月の上旬にはもう借りれできるところもなく、その支払いもできない状態になりました。

10社近いヤミ金の支払いがすべて滞ることになり、その結果恐怖の日々がいよいよ始まります。

毎日20件から30件の督促の電話、督促内容としてはもちろん返済の要求で、中にはとても恐ろしい発言も当然飛び出します。

今回の借り入れ先のヤミ金は、ほとんどが東京で委託された大阪の取り立て屋が連日家に訪れ返済の要求を繰返し行いました。

もちろん 電話での請求は早朝から始まり深夜まで及びます。

自分自身が起こしたことで今更反省しても、もうどうすることもできません、一時は自殺も考えました。そんな時にこれからの運命を左右する一人の人との出会いがあります。

 

一人の司法書士との出会い

ヤミ金からの督促は止むことはなく、毎日不安な状態が続く中で、普段お世話になっているある会社の社長さんからの紹介で、無料の法律相談が開催されているとの話でそこへ行って相談してみることを勧められました。

自分の気持ちの中では、無料相談という事に関して「どうせ無料だから大した相談にも乗ってもらえない」と思っていましたが、ただ何かに助けを求める気持ちで、紹介された場所行ったのが3月の中旬でした。

指定された相談日に、自分の気持ちとして期待もあまり待たずに、相談に行ってみました。そこで出会ったのが今の司法書士の先生でここでの出会いがこれからの自分の人生を大きく左右するとはこの時点で分かりませんでした。

その日から約1ヶ月かけて闇金との関わりや借入した理由などを聞かれて、最終的に自己破産へ進むことを勧められその道を選択することにしました。

それから約1か月間にわたり、銀行の取引明細やヤミ金との支払い状況等を取り寄せたり作成して、5月末には最終的に自己破産として裁判所に提出できる書類が完成します。

自己破産によりヤミ金との接点も断絶することができ、恐怖に怯える毎日ではなくなると思いますが、過去の経験でヤミ金の取り立てに関しての貪欲さは普通ではありません

自己破産して法的には免れても、ヤミ金的には生涯免れることはないと思います。これからも安心して過ごせる1日はそんなに簡単には来ないでしょう

 

忠告5

自分自身の借金という大きなタイトルには、様々なキーワードが付いています。裏切り・返済・失望・自殺・崩壊 などの事が、生涯つきまとってきます。

借金をするということは、自分自身に先のキーワードを処理できる能力があれば借金することにまだ救いの手はありますが、今回の私のように計画性、自尊心、自制心等全てのものが崩壊していれば借金=人生の破滅となります。

今借金で困っているあなたへまず身近な、法律相談専門員へ相談して適切な処置を仰いだ方が自分自身も家族も楽になります。

決して自分の生活範囲以上で無理な借り入れや返済を考え、返済の為に借りるいわゆる自転車創業的には絶対なってはいけません。

その為に破産宣告もその一つの方法です。

決して家族を犠牲にしてはいけません

 

~まとめ~

残りの人生をあとどのくらい生きることができるか、わかりませんが、今まで生きてこれた事が不思議なくらいで、自分自身がやってきたことで子供達や全てを失い、更に多くの人を傷をつけてしまった事に対して、これから後の短い人生の中で少しでも償うことができればと、今最も望む事です。

借金と破産の40年(4)

ヤミ金との接触

和歌山の強制労働から逃げ出して新聞の弁護士事務所の記事を読み、何でもいいから助けてほしいとの気持ちで公衆電話から事務所へ助けの電話をしてみました。

その後NPO法人の更正施設に紹介され入所して、正しい道に歩き出したかと思っていましたが、結果それも約1年くらいの間しかもちませんでした。

眠っていた悪魔が目覚めて、パチンコ屋の椅子に座りはじめたのが平成28年のはじめの頃だと思います。ギャンブルは適度に楽しめばいいストレスの発散になりますが、「勝つという欲望が」強すぎると借金の上積みへと繋がります

この勝つという意識が強いために、負けては資金を都合して取り戻そうとあさはかな考えが先にたちました。

もうこの頃には負けの連続が続き、それを補うための資金調達先が通常の金融屋では相手にされないくらいにいわゆるクレジットヒストリーが悪くなり不安な日々が続いていました。

そんな先行き不安な平成28年の年末に、1本のSNSが携帯に入ってきたのがこれから始まるヤミ金との壮絶なストーリーへと発展していきます。

 

驚愕のヤミ金の利息

もうこの頃には人としての判断力や冷静さ等はどこかえ消えてしまっていて、ただ目先の資金をどうするかだけの毎日の繰返しでした。

自分ではヤミ金の恐怖は以前の拉致・監禁・強制労働の時に痛いほどわかっていたはずだと普通の人は誰しも思う事です。自分の性格、自制心のなさ、決断力の弱さなど人として持っている物、すべてが最悪の状態であることは間違いないことでした。

自転車操業的にお金をヤミ金から工面していく為に、最初の頃はまだヤミ金でも利息が安い所から融資を受けていましたが、そこも限界に達して驚愕の利息とも言える通常ヤミ金の利息は週2割が平均ですが、驚愕とも言える所は電話だけで身分証等も不要でその代わり元金の5割、6割、最高は元金と同額という所からも調達することになります。

 

毎日がヤミ金への支払日

最終的にはどこからいくら借りたかわからなくなるような状態まではまりこんでしまいました。

結果週払いの利息と元金は、ほぼ毎日が支払日となってしまいました。

その利息だけで毎週20万くらい迄膨れ上がりました。

 

忠告4

ヤミ金に電話しようとしている貴方へ 生涯後悔しますよ

もしお金を借りるようになった場合、通常は審査など慎重に融資を検討します。しかしそれができないような環境にある人はつい簡単入手はできる、マチ金やヤミ金に手を出そうとします。もし手を出したらその瞬間からあなたは生涯は終わりますよ

~まとめ~

人の人生の中で1度や2度の失敗はあり、普通はそれにきずき家族のために立ち直る努力をして、家族を守ることに生涯の克てしますが、私の場合は全てが自己中心でしかなく、人としての資格もない人間でした。

借金と破産の40年(3)

逃亡生活

唯一助けてくれた母親はいない、子供たちがいる、自分一人だけではない状況でどうするかの決断ができない時期が暫く続きましたが、当時の金融屋はそんな状態にあっても容赦なしで、追い込みをかけて来る毎日でした。

最後に出した結論が、子供たちを親類に預け自分は姿を消す事にして、当時住んでいた実家から逃亡して姿を消すことになります。

病気とも言えるギャンブル依存性による作った借金で、幼い子供に恐怖や悲しい思い、自分達を置き去りにして逃げた私への怒り等が二人にはあったことだと思います。

それから今まで1度も合うことはなく、また会う資格すらないでしょう。

もう、元気に生活していれば長男は40歳を過ぎ、次男も40歳くらいになると思いますが、もう私の先も余りない残りの人生の中で二人には合うことはない、いや会えないでしょう。

子供たちを置き去りにして、逃亡生活を始めてから約2年間大阪市内の建築現場を転々とし、日雇いのお金で 通称ドヤ街と呼ばれる簡易宿舎に泊まり住所なし、定職なしのその日暮らしの生活が続いていたある日。

 

 

拉致・監禁・強制労働

大阪のドヤ街の西成に泊まりいつものように早朝に仕事の為に宿泊を出たところで、一人のその筋らしい人物に声をかけられ「○○さんですよね、探しましたよ」と早朝の静かな街に響く声が今でも背中に寒気すら感じます。

逃亡から2年過ぎのことで、声をかれられたあとは車に押し込まれて、それからというものは2年間の利息や元金も含めた金額を払う算段をさせられましたが、そのようなあてもないために最終的には監禁、強制労働でした。

もっと若ければマグロ漁船にでも乗せられたと思いますが、和歌山の山中の現場に監禁させられ、1日食事とたばこ代としてわずかばかり支払われ現場仕事が半年くらい続きました。

 

更正のきっかけ

半年の間強制労働させられた、そんなある日珍しく1日休日が与えられて、地元に降りるチャンスができたので、この時だと思い、必死の覚悟で切符の自動販売機の行先もみずに、ただボタンを押して出てきた切符で無我夢中にきた電車に飛び乗り逃げ出しました

走り出した電車の窓から、追手の姿がないか不安と恐怖を感じながら見ていた記憶が昨日のように鮮明に写し出されます。

そんな不安な気持ちをなごませてくれたのが電車の棚に置き忘れられていたスポーツ新聞でした。

その新聞のある1面に「借金問題に困っている方、相談に応じます」との弁護士事務所の公告ではなく記事だったので最後まで読み、、、そこに更正のきっかけがありました。

 

忠告3

借金の返済で頭を抱えるあなたに

自分で作った自分の借金の為に、子供や家族を犠牲にすることは人として、親として決して行ってはいけないことです。

そんな悪い見本が今回あります。

返済で困っていてどうしようもない状態の時には必ず「甘い、簡単、即日」等の誘惑の言葉に一瞬傾くことがありますが、決して耳を傾けないことです。

その先には取り返せない大きな罠がありますよ。

 

~まとめ~

幼い子供たちを捨て逃亡をすることになりますが、神様が与えた天罰が拉致・監禁・強制労働でした。

借金と破産の40年(2)

消費者金融との出会い

大学を出たばかりで家庭も小さな子供もいる、家庭環境の中で自分の快楽に費やした代金を支払う余裕などはなく、毎日支払いの不安が続き並行して督促も頻度が増して来ていました。

そんなある日帰宅途中の駅前で一人の営業マンらしい人物が小さなチラシを配っていて、もらってみるとそこには「お金に困っている人融資します」武富士の文字に一瞬自分の中でなにかしら頼れるものに出会った安心感のような物がありました。

それは昭和56年の夏の夕刻の時期だと記憶しています。

チラシをもらった翌日に消費者金融という所の、扉を開く最初の経験をすることになります。
武富士もまだ成長途中で、融資獲得には積極的に勧めカウンターに座り所定の審査が行われました。

現在のようにCIC、KSC等の個人信用情報機関での審査やブラック、多重債務者などの厳しい審査もなく10分程度で当時で20万の融資が実行されました。

今でもそうですが、「簡単」という言葉ほど危ないワードはないと当時も現在も思っていたら、歯車の狂いも修正できたかもしれません。

借り入れすることの容易さに、更に自分自身を見うしない、返済の為に自分のあさはかな考えた方法がギャンブルによる馬鹿な発想になり休日、会社帰り道と連日パチンコ屋に借入金の利息の返済の為通いだします。

たまには雀荘へも足を踏み入れ返済への資金作りを行った時期が、もう昭和も終わりかけの頃だったと思います。。

欲望の代償

記憶は定かではありませんが平成元年10月頃に離婚、子供は当時で長男も次男もまだ小学校の時で、自分自身は快楽の代償として借金、追いこみ、離婚、退職へと転落の道が始まっていました。

子供たちを実家(大阪)の実母が引き取り、母親からの援助と自己都合退職によるわずかばかりの退職金で武富士への返済は完済させ、普通の生活に更正するきっかけとなった時期でした。

 

直らぬ自己性格

自分の性格の情けなさ、弱さというものに今いくら振り返って反省しても、もう遅いですが、武富士からの恐怖の追いこみもいつの日か消え去ろうとしていましたが、まだ母親の存在で自分の中での自制心が多少コントロールされていましたが、その母親も他界してそれから2年くらいの間は悲しみの静かな生活でした。

しかし自分自身の環境はというと、仕事は転々として落ち着く傾向になく、最終的には本当に自分の性格の馬鹿さに情けなくなりますが、再びギャンブルにはまり結果、町金と呼ばれるヤミ金より少しましな金融屋や小規模な消費者金融からの借り入れを繰返し、結果は若い頃と同じでしたが後が大きく違ってました。

 

忠告2

今消費者金融の申込書に記入しようとしている貴方へ、 ちょっと待った!!

生活の中でお金を借りるということはあると思います。

しかしお金を借りるということはつまり借金です 借金は返済しなくてはいけないため、誰のために、何のために 何処から、いくら借りるか明確にして自分の生活環境の範囲で返済出来るかを考えて、決して自分自身の欲望や快楽的なために借りる事は避けるべきだと思います。

借りる相手(例え友人や親類でも)を間違えると生涯後悔するお金になります。

 

~まとめ ~

治らぬ自分の性格、情けなさ、嫌気さに失望してしまう時期でしたが、母親がまだ生きており、この時期に本気で立て直しをしていれば人生は変わっていたかも知れません

借金と破産の40年(1)

この体験談について

これは、大阪で一人暮らし64歳の男性(Oさん)の壮絶人生の体験談を、当人に代わって管理人・が公開したブログです。

ごく普通の人生を歩んでいたOさんがヤミ金に手を出して以来、家族を失い、40年あまりに渡って借金と追いこみ、逃亡生活を送った体験談です。壮絶な内容に恐怖をいだく人もいるかもしれませんので、自己責任での閲覧をお願いします。

現在、破産手続きをしているOさんの忠告コーナーもあり、ヤミ金に手を出す危険がある人、これから手を出す可能性がある人に向けて、メッセージを送っています。


ここから体験談の始まりです。

はじめに

私は今64歳になり、家族もなく一人住まいでわずかばかりの生活保護費で、さみしい毎日を過ごしています。自分の人生の内、振り返ると半世紀近くの40年くらいは借金と追いこみ、逃亡の生活でした。

このような人生をおくることになったのも自分の性格の「欲望という悪魔」を コントロールする自制心というコントロール機能が破壊して制御不能になり、結果地獄の底まで落ちていったのが自分の人生でした。

これから40年という長い間の暗闇の人生を紹介させて頂きますので、同じような人生をおくられようと、している人がもしおられれば、今であれば振り返るとまだ手を差し伸べてくれる人はいるかもしれません。

今ならまだ間に合います!!

静かなる幼少時代

私は太平洋戦争が終わり7年後の昭和27年に九州の炭鉱町に生まれました。兄弟は3歳離れた妹が1人いて両親と4人家族でした。

私が小学校3年の時に父親が勤務していた炭鉱が閉山になり、大阪の会社へ就職するために移転することになりました。

大阪に住みだして高校までは、普通の一般家庭と同様な家庭生活で、高校を卒業する時期に運よく、東京の大学へ進学が決まり、今人生を振り返ってみると、この大学進学が自分の人生の暗闇の世界へ引き込むきっかけだったかも知れません。

 

1度だけの幸せな時

昭和50年4月に大学を卒業して大手造船会社へ入社、同社での赴任地が九州の勤務で4月より九州の事業所へ配属となり勤務に邁進していきます。

同年10月に学生時代より交際していた、東京在住の女性と結婚、即年9月に長男誕生、昭和54年10月に次男誕生、この頃までは一流企業に勤務して、優秀な人材の集まる会社の社宅に入居して、前途有望な環境にありました。

 

狂いだした歯車

現在のヤミ金へ借り入れをを行う原点となる時代が、この時期で昭和54年8月に同事業所の定期職場移動で機械部から購買課に移動、その移動が自分の人生のブラックホールへの入り口になるとは、その時には分かりませんでした。

資材部という部署は多くの取引先を相手に莫大な金額の注文を発注する部署で、それに伴い毎夜の各社からの利権絡みとも取れる、接待の毎日にわずか26歳の若造が自分自身の生活環境ではできない、快楽の世界へとのめり込んでいくことになります。

人は「欲しいものがあれば」買いたい「食べたい物があれば」食べたいと欲望は誰しも持っていることだ思いますが、自分自身の置かれている立場や家庭環境などで通常の人には自制心というコントロール機能が働き、正し事か、間違いかに気付き自分を振り返ります。

しかし私の場合はその自制心という機能が破損して制御不能になり、自分自身でも接待で味わった快楽の世界へと踏み込んで、その結果接待以外の自分の快楽の代償となる店からの催促状が届くようになってきます。

 

忠告1.

今同じように家族を犠牲にするような事にのめり込もうとしている貴方へ忠告します。今気づけ、ば家族の悲しむ顔をみずに笑いのある生活をおくれますよ。

~まとめ~

快楽や甘い欲望等を味わった時、人はその危険さや深入りしない事にきずき立て直しそうとしますが、できない情けない一人がここにいました。